愛情を食べて生きている

心のこと

 

 

食べ物(栄養素)だけでなく、

愛情を食べて(受け取ることで)、生きている♪ 

 

 

 

私の欲しいモノ(愛情)は、違う!

成長過程で、よくあるのが、

《子供の欲しい愛情》と《親の与える愛情》の違い です。 

 

  

 

顕著な例として、下記が挙げられます。 

 

子供 「もっと、抱っこして!」「私の方を見て!」

親  「栄養のある食事を食べさせよう」「養う為に働かなきゃ」 

 

子供は、

・自分を見て欲しい

・かまって欲しい 

と、直接的に自分に向かう愛情を、求めます。

 

親は、

・生活のための仕事

・色々な身の回りの世話 

と、愛情の上に成り立つ、必要な行為を提供します。 

 

 

この両者のギャップが、

《親は、分かってくれない!》

《私の求めるものは、手に入らない!》

などという、

信念・前提を生み出します。 

 

 

 

あなたが育ったのは、愛情を食べたから

今、あなたは、成人してますよね?

それは、

親が世話をしてくれたから、ですよね。

 

 

子供の頃のあなたは、

話をもっと聞いて欲しかったかもしれませんが、

その代わりに、

愛情を込めた食事を、与えてもらいましたよね? 

 

 

 

その時の欲しい形の愛情ではなかったかも知れません。

けど、

形は違うけど、

その時の親の出来るベストな形の愛情を、

あなたは受け取ったからこそ、 今、生きています。 

  

 

 

違う形だったけど、

そこには、しっかりと愛情がありました。 

 

あなたは、思い切り、愛されています。 

 

 

 

 

愛 ∞ 感謝 ∞ 光 

 

 

良かれと思ってやったこと

親子の求める愛情の形のギャップに、

似ていますが、

大人同士でも、「求めるモノ」のギャップは生じます。 

 

 

良かれと思ってやったけど、

相手は、喜ぶどころか、、、少し迷惑そう?

な経験は、ありませんか? 

 

 

どんなに相手の事を、分かっていても

(分かったつもり?)

どんなに相手の事を、愛していても

 

相手は、自分とは違う感覚を持っています。 

 

 

そして、

相手の感覚や感情は、相手のモノです。 

何をどう感じるかは、相手の自由です。 

 

 

と同時に、

あなたが、どう感じるかも、あなたの自由です。

(相手に悪いからと、無理に喜ぶ必要はありません。

 勿論、

 良識ある社会人として、喜びを表現するのも自由です。) 

 

 

人の感情は、その人のもの。誰もコントロール出来ません。 

 

 

 

 

 

 

 

愛 ∞ 感謝 ∞ 光

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